「オタク=OTAKU」の聖地はどこ?
日本のポップカルチャーは、「オタク=OTAKU」という言葉で、世界中で人気です。
「本物の「オタク」文化に触れてみたい」と日本を訪れる外国人観光客も多く、「OTAKU」はクールジャパンの象徴でもあります。
さて、「オタク」目当ての外国人観光客がこぞって訪れるのが、アニメ、フィギュア、ゲームなどの「オタクショップ」が集中している「秋葉原」です。
ここは、いつから「オタク」の聖地になったのでしょうか?
「オタク」の聖地「秋葉原」の変遷?
「秋葉原」が発展したのは、戦後まもなく、この地に電化製品の問屋とラジオの真空管などの部品を売る露天商が立ち並んだことによります。
高度成長期には、「三種の神器」と呼ばれた「テレビ」、「冷蔵庫」、「洗濯機」が一般家庭に広がり、それらを安く買える「秋葉原」には人が溢れました。
1980年代には、「秋葉原」の電気街だけで全国の家電需要の1割をカバーしていたともいわれています。
当時の「秋葉原」は、休日に家族で訪れてテレビや冷蔵庫を選び、買い物のあとに食事をして帰るという「ファミリーの街」だったのです。
その後、郊外型の大型家電量販店の台頭により、秋葉原の電気街も打撃を受け、1990年ごろから多くの店舗がパソコンやそのパーツの販売に注力しました。
そうして、パソコン愛好家が「秋葉原」を訪れるようになるのですが、当時のパソコンマニアは、アニメやフィギュア、ゲームなども好きだったのです。
それらには相通じるものがあったのでしょう。
こうして、「オタク趣味のパソコンマニア」が「秋葉原」に集い、その潜在的需要が静かに膨れ始めていったのです。
そして、1990年代後半に複数の「オタクショップ」が、秋葉原に試験的に出店してみたところ、長い間くすぶっていた潜在ニーズをうまくつかみ、一気にこの地で「オタク文化」が花開いたといいます。
2000年代に入りインターネット通販が普及すると、秋葉原からパソコンショップも少なくなっていきました。
代わりに目立つようになったのは、メイドの衣装を着て客を迎える「メイドカフェ」などです。
最近では、高層のオフィスビルが立ち並ぶようになり、道行く人々の層も変わりつつありますが、「オタク」の聖地「秋葉原」は今も健在です。
長い歴史の中で、いくつもの変貌を遂げてきた「秋葉原」、変化はまだまだ続きそうです。