「大阪弁」「京都弁」「東北弁」などなど、狭い日本でこんなに方言が多いのはなぜ?


1868年に明治政府が誕生し、日本は新しい国家として生まれ変わりました。

富国強兵をスローガンにして、産業を育成するとともに、軍隊も強化しました。

しかし、このときに意外な弱点が露呈したのです。

それは「言葉」なのです。

日本各地から民衆を集めて軍隊を作ったのは良かったのですが、「方言」がわからず、上官の命令を部下が理解できなかったという話まであります。

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狭い日本でこんなに方言が多いのはなぜ?

日本は、戦国時代に豊臣秀吉が天下統一を果たしました。

徳川幕府が日本を統治していた江戸時代にも、当然、日本は「一つの国」として成り立っていたと考えられています。

ところが、江戸時代には、交通の要所に関所が設けられ、との間の自由な往来が認められていませんでした。

明治以前の日本は、藩という小さな国の集まりだったともいえるのです。

明治維新とは、欧米の列強に対抗するため。日本国内にあった藩という小さな国々を纏めて一つの「統一国家」を作ったと考えることもできます。

小さな国が集まってできたのだから、「言葉」が通じないことがあっても不思議ではありません。

つまり、日本に「方言」がいくつもある理由は、もともと藩という小さな国が、それぞれ独自の文化や風習、言葉を持っていたからといえます。

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日本は国土の狭い国?

「日本は国土の狭い国なのに」と思うかもしれません。

ところが、国連に加盟している全世界約200の国と地域のうち、日本より狭い国や地域は130もあります。

日本は決して「狭い国」ではありません。

ヨーロッパに目を転じれば、驚くことにドイツイタリアイギリスなどは日本よりも国土が狭いのです。

それでも、たとえばイギリスならばイングランド、スコットランド、ウェールズと分けられるように、それぞれの国の中に地域があり「方言」もあります。


たしかに、日本の「方言」の数は多いかもしれませんが、それは、戦国時代、江戸時代を通じて各藩が独自の文化をしっかりと育てていたからともいえます。


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