銀が採れたわけでもないのになぜ「銀座」?


日本で金や銀が豊富に採れた?

マルコポーロは日本を「黄金の国ジパング」と紹介しましたが、かつては実際に日本各地に金山や銀山があり、各地から金や銀が豊富に採れたのです。

時代劇でおなじみの「千両箱」、その中身はすべて金貨だったのです。

しかし、今の日本人に「金や銀が豊富に採れた」といっても信じる人は少ないでしょう。

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それもそのはず、日本に埋まっていた金や銀は、ほぼ掘りつくされてしまったのです。

では、その金や銀はどこへ消えてしまったのでしょうか?

じつは外国から来ていた商人たちが、海外に持ち出してしまったのです。

日本で安く仕入れた金貨や銀貨を海外で高く売り、大儲けしたというわけです。

銀が採れたわけでもないのになぜ「銀座」?

ところで、現在では商業地として有名な「銀座」も、実はこの銀が関係している地名なのです。

といっても、もちろんこの場所から銀が採れたわけではありません。

それどころか、この地は江戸幕府ができたころは海だったのです。

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この地が「銀座」と呼ばれる理由は、1612年、この地に「銀座役所」が作られたことによります。

「銀座役所」とは、貨幣である銀貨の鋳造と取引を行う場所のことでした。

銀貨を鋳造するためには、まず銀の地金を仕入れることが必要となりますが、そのための商人たちの会合が「銀を扱う座」、すなわち「銀座」でした。

そのため、この地が「銀座」と呼ばれたのです。

貨幣は重要な経済基盤なので、その手の取引はこの場以外では禁止されていました。

なお、「銀座」は、京都、大阪、長崎などにもありました。

ところで、江戸時代には銀だけでなく、金も貨幣として使われていました。

当然ながら、金を扱う「金座」も存在しました。

これは、現在の東京都中央区にある日本銀行本店の場所にありました。

その名残が「金座通り」という道路にみられます。

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