「空港」が作られる場所

世界で初めて飛行機で空を飛んだのはライト兄弟です。

1903年にライト兄弟が乗ったライトフライヤー号の1回目の飛行は、わずか36.5メートル、滞空時間にしてたったの12秒でした。

一方、ロケットの父と呼ばれるゴダードが、1926年に打ち上げたロケットは、12.5メートルほど空中に上がっただけでした。

36.5メートルや12.5メートルしか飛ばない飛行機やロケットであれば、その発着場を建設するのにそれほどの苦労はいりません。

広大なスペースも必要ないので、場所選びも問題はないでしょう。

ところが、現在の空港となるとそうはいきません。

都心に近い場所なら便利ですが、、万一事故が起きると近隣の都市にも被害を及ぼすリスクがあります。

また、居住地が近くなると騒音問題も引き起こします。

1931年に開港した「東京国際空港(羽田空港)」が、埋立地の島に作られたのもそのためです。

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「成田」に国際空港が作られたのはなぜ?

成田空港での旅客機の発着助教を示す写真画像

さて、「羽田空港」は2001年より国際便が就航するようになりましたが、それまで国際便は千葉県にある「成田国際空港」を利用していました。

「羽田空港」も、正式名称が「東京国際空港」というように、当初は国内便、国際便ともに発着していたのですが、便数増加により、国際便は1978年から「成田国際空港」に移ったのです。

その際、空港を作る場所として、なぜ千葉県が選ばれたのでしょうか?

理由はいくつかありますが、当時の成田は御料牧場、つまり皇室のための牧場であって、国有地であったことが理由の一つです。

また、東京に近く、周囲に山林がなかったことも空港建設の条件として適していました。

なお、他の候補地として挙げられたのは、同じく千葉県の冨里茨城県の霞ケ浦でした。

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